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宮下公園ナイキ化と反対の経緯

 私たちが、宮下公園のスポーツメーカー・ナイキジャパン社による改造計画を知ったのは、2008年5月のことでした。すぐに同年6月、計画の白紙撤回を求め「みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会」を結成しました。私たちが、同計画に反対した主な理由は以下です。

 宮下公園には約30名の野宿者が生活しており追い出しにつながること。公園を1企業のものにすることで公園の公共性を損なうこと。公園内を有料施設が占め無料で使えるスペースがより少なくなること。区長と一部議員によるトップダウンで行われ利用者の声を無視していること。公募することもなく計画が不透明・不公平であること。

 私たちは、記者会見やデモなどによってナイキ化に抗議し、マスコミをはじめ大きな注目を集めましたが、渋谷区とナイキジャパン社は水面下で計画を進めました。

 渋谷区が初めて計画を公にしたのは、2009年6月のことでした。その時になって、渋谷区で08年2月3月に選定委員会が行われていたことが明らかになりました。応募した企業は2社で、渋谷区と昵懇にしていた会社のみでした。(もう1社は、現在、宮下公園の指定管理会社であるFIDO社)。

 09年8月27日に渋谷区とナイキジャパン社は年1700万の10年契約で「渋谷区宮下公園ネーミングライツ基本協定」を締結しました。公園名は「宮下NIKEパーク」。奇妙なことに、ネーミングライツ契約にも関わらず、ナイキジャパンが施設を作りそれを渋谷区に命名権の対価として引き渡すことになっていました。要は、ネーミングライツの形式を借りた、ナイキジャパン社による公園の大改造を約束するものでした。新規施設は、スケートボート場やクライミングウォール、既存のフットサルコートを入れるといずれもナイキジャパン社が販路拡大に力を入れている種目です。

 渋谷区は09年9月から工事を始めると公報していました。それまでに、渋谷区による公園に暮らす野宿者に対する説明は、私たちが要求して1度あっただけです。その際も、生活に対する具体的な保証は何も示しませんでした。

 野宿者の不安が高まる中で、多くの人の力によって工事の開始は防ぐことが出来ました。渋谷区は、同年10月に生活保護などへの誘導を行い、代替地を設けました。代替地の環境は劣悪でしたが、2010年2月、渋谷区の貼り紙による警告によって、多くの野宿者を代替地に移行せざるえませんでした。

 10年3月から宮下公園の原宿側で行われた「宮下公園A.I.R(アーティスト・イン・レジデンス)」(リンク)により、渋谷区が工事着工するのを防ぎました。宮下公園A.I.Rは、公園内にテントを張って作品を作り、数々のイベントを行いました。それは、公園をみんなのものに取り返すためのアクションであり、公共性とは何かを問う試みでもありました。

 10年9月15日早朝突然、渋谷区は公園内の野宿者を力づくで追い出して宮下公園を全面封鎖しました。9月24日には、行政代執行により、公園内の荷物・作品などはすべて渋谷区により撤去されました。10月12日、ついに工事が着工されました。10月14日、ナイキジャパン社により名称変更をしないとのプレスリリースがされました。

 11年4月21日、みんなの宮下公園を守る会、宮下公園A.I.R、渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合(リンク)、宮下公園野宿居住者、が渋谷区を相手どり国家賠償裁判を提起しました。渋谷区の行政代執行手続きの意図的な不備と共に、ナイキ化計画の全貌と問題点を明らかにするための提訴でした。

 11年4月30日、ひらがな名の「みやしたこうえん」として宮下公園はリニューアルオープンしました。
当日、ものものしい数の警官隊によって私たちだけは公園に入れようとせず、荷物検査をしました。さらには、2名逮捕されるなど、「みやしたこうえん」の本質が露わになったオープンでした。
また、現在は22時30分(当初は18時30分)で宮下公園は夜間は全面施錠する公園になってしまいました。

 11年8月には、ナイキジャパン社は渋谷区の後援をえて「NIKE MIYASHITA CUP」として施錠時間を大幅に上回りながらナイキの宣伝にまみれたイベントを行いました。ナイキジャパン社だけが露骨に優遇された公園運営でした。

 渋谷区は、宮下公園に続き近接する美竹公園、神宮通公園(一部)を2012年6月に夜間施錠しました。美竹公園と同時に渋谷区区役所地下でも野宿者が追い出され、渋谷区の野宿者排除姿勢は一層酷くなっています。

 2013年暮れには、宮下公園で行っていた野宿者のための「越年越冬活動」が警官隊により強制的に排除されました。2014年12月26日から2015年1月3日までは、渋谷区は上記3公園を「越年越冬活動」をさせないように終日閉鎖しました。渋谷区の一連の行為に対しては、広範な批判の声が起こっています。

 また、リニューアルから3年しかたっていないのに関わらず、渋谷区は現在「宮下公園等整備事業」を進めています。宮下公園は、駅からのデッキ整備と一体になって、ナイキ化をも凌駕する商業施設になる恐れがあります。

 宮下公園のナイキ化は、渋谷区の野宿者への敵視、公共的価値の軽視、の端緒だったといえると思います。

 今後、渋谷の東急グループが主体となった駅周辺大再開発、2020年東京オリンピック、とますます拍車がかかるでしょう。

 私たちは、この傾向に歯止めをかけ、公園(そして街)が誰もがいることができるような場所にするために、様々な形で活動するつもりです。

 2015年3月13日には、宮下国賠の判決が出ます。
 今後もご注目・ご支援お願いいたします。

(なお、渋谷区やナイキ社に対しての抗議行動は、当ブログにアップしています。)

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